「小さな音の設計室」の小笠原清隆氏インタビュー

「Piano Studio Grazia(スタジオ・グラツィア)」は、コンパクトなスタジオに、本格的なコンサートホールの音響・残響を再現させるため、徹底的にこだわった設計をしています。

そのスタジオ設計は、音楽家のための住宅設計・音響設計・防音工事の専門業者「小さな音の設計室」の小笠原清隆氏に依頼。

クラシック音楽、ピアノの音色に最適なスタジオの設計、環境整備をお願いしました。

その設計に関しての裏話や苦労した点、目指した音色や残響などについて、インタビューをさせていただきました。

以下の3つのポイントに分けてインタビューをまとめています。

コンパクトな空間にコンサートホールの残響を実現させるための考え方やコンセプトについて
空間づくりでのこだわりや苦労したポイント(部屋の重さ・床・天井・窓・壁等)
「Piano Studio Grazia(スタジオ・グラツィア)」をご利用いただく皆さま、音楽を愛する人たちに向けてのメッセージ

スタジオの音の監修・小笠原清隆氏(「小さな音の設計室」

コンパクトな空間にコンサートホールの残響を実現させるための考え方やコンセプトについて

この「Piano Studio Grazia(スタジオ・グラツィア)」の設計でこだわった「音の響き」について教えてください

色々な考え方があるので一概に言えないのですが、クラシック音楽の練習環境としては、演奏会本番と同じコンサートホールの音響空間が最も望ましいと私は考えています。

コンサートホールの響きはすごく長く、遠くのお客様にも音が届きます。大きなホールでたった1台のヴァイオリンを弾いても隅々まで音が届くのがホール音響の特徴です。そういった音の抜け感、響きの豊かさ、残響時間というのが、クラシックを演奏する方向けの練習スタジオとしても重要なポイントになってくると考えています。

例えば残響時間でいうと、サントリーホールの「残響時間2.1秒(満席時)」というのがクラシック音楽界のひとつの目安になっていますが、この「時間」は空間の容積と相対関係になりますので、この「Piano Studio Grazia(スタジオ・グラツィア)」の室容積に落とし込むと「0.5秒」ほどになってきます。
それを目標値として設計しています。

豊かな音を作るといったときに、どんなことが大事になってきますか?

部屋を堅い素材でつくることで、音の反射を良くする(反応をよくする)ということが基本になってきます。例えばピアノから音がポンとでて、それがそのまま素直に跳ね返ってくるという状況をつくってあげるということ。その音に余計な雑味が混じることなくそのままの音が跳ね返ってくる状況をつくってあげることが大事です。

壁・床・天井を堅くするとそれだけ反射が鋭くなり、そうすることで必然的に残響時間も長くなってきます。クラシック音楽の音環境は、そのようにつくられているのですよね。

「Piano Studio Grazia(スタジオ・グラツィア)」の音響は、コンサートホールの響き、残響に近いつくりになっています。

どういう音をこのスタジオで作りたかったですか?

クラシック音楽が生まれた時代、ピアノや弦楽器が生まれた時代というのは今から300年くらい前になります。その時代の作曲家や演奏家たちの部屋に、あえて音を吸音するものや調整するものはなかったはずです。ですので、余計なものはつくらず素直に部屋の響きだけで音がつくられるような空間にしたかった。

もうひとつ、ピアノや弦楽器というのは必ず室内で演奏される楽器です。クラシック音楽の中で特に小編成で演奏される形態を「室内楽」と言いますが、文字通りそれらは必ず室内で演奏されます。部屋の中で演奏されるということは当然部屋の響きがとても重要になってきます。

プロ、アマチュア問わずすべての音楽家に言えることですが、自分がお持ちの楽器の響きや演奏技術に関してはとても注力しますが、響きをつくる部屋の音環境に関しては関心のない方がほとんどです。もちろん、どんな環境でも最高の演奏をするのが演奏家の役目、という考えもあるので尊重はしますが、奏者、楽器、そして空間の3つがそろって良い音楽が生まれるという認識は大事だと思います。

楽器をつくる職人は、その楽器自体の音をいかに良いものにするかということに注力します。
演奏家は、自身の演奏技術を高めることに注力します。
そして私は、その音が最も良い状態で響く空間をつくることに注力します。
演奏者、楽器職人、音響空間づくり、この三者が努力することによって初めて良い音楽ができると考えています。

空間づくりでのこだわりや苦労したポイント(部屋の重さ・床・天井・窓・壁等)

理想の音を作るため、部屋にはどのような条件が必要ですか?

クラシック音楽が生まれた当時の音環境を今の時代で再現しようとすると、なかなか困難です(石やレンガなど、無垢な素材でつくる必要があります)。ですので、それに代わる堅くて重い素材を用いてお部屋をつくるということが基本になります。
部屋の重量としては一般的な部屋の3~4倍の重量があります。ですので、その重量をしっかりと支えられるような工夫が必要になってきます。

部屋の重量を増すために、どんなことをしているのでしょうか?

防音室の構造を簡単に説明すると、魔法瓶のイメージです。
魔法瓶は外側と内側との間に真空を挟み込んでいますよね。そして、外と内の接点を極力小さく設計しています。熱伝導を極力抑える工夫がされているわけです。防音室の構造もこの考え方と同じで、外側(躯体側)と内側(防音室側)との間に空気の層を挟み込み、接点を極力減らすことで音の伝達を抑える仕組みです。

部屋の重量を増やすことで、苦労したことは?

この床を支えるための材料ですね。
非常にたくさんの足を置いて、床の荷重を平均的に地盤面に伝えられるような工夫をしています。

天井自体もすごく重いです。
天井が落ちてきたら大変なので、天井をしっかり構造躯体で支えるというのも重要になってきます 

音響ではなくて、防音の話になってしまうのですけれど。
元々の建物の内側にお部屋を作ります。
ですので、これだけ重たいものをしっかり支えつつ、極力触れないように作らないといけないのですね

理想的にいうと、魔法瓶の内側をイメージしてください。
魔法瓶は、外側と内側の間、真空になっています。
要は 熱を伝えないのですよね。
お部屋も例えば、内側と外側の間を真空にできたら、完全に音はシャットダウンできます。
それだけ重たいものをできるだけ真空に近い状態にしたい。

実は空気もすごく音を伝えない材料です。
こういう目に見える物体に比べれば。

その空気を使って、部屋の内側と外側を極力触れないように作るというのが、防音工事の大事なところになってきます。
ですので、この重たいものと、更にそれを触れさせないという2つをやらないといけないという、ちょっと特殊な工事にはなってきます。

「窓」というパーツについては、どのように考えて設計されましたか?

まず、窓の開閉方式をどのようにするか。
窓の形式が様々ありますが、このスタジオでは「スベリ出シ窓」といって、ドアのように開く窓を採用しています。これが気密が非常に高く、遮音性も良いのです。
かつ、空気層をしっかり取ってそれを二重にしています。

いわゆる防音室というと、窓が全然ない地下室のようなイメージを持たれがちですが、私はできるだけ明るく開放的な音楽室が良いと考えています。その方が演奏者も気持ちが良いですし、聴く方も気持ちが良いと思います。

「内装」ということについては、どのように考えて設計されましたか?

表層に出てくる素材は、遮音性能にはほどんど寄与しませんが、音響的にはある程度影響してきます。簡単に言うと、堅い素材は堅い音の反射、柔らかい素材は柔らかい音の反射になります。

このスタジオはグランドピアノがメインのお部屋ですので、ピアノから出る音をはっきりと響かせるようにするため、床は堅く、かつ天然木の温もりのあるフローリングを使用しています。壁は音の反射を損なわない程度の厚みのクロス貼りとしており、天井面だけ反射音をやわらげる吸音板を張っています。

天井面に凹凸がありますが、これは反射音の拡散という意図も多少ありますが、実際は給排気ダクトのルート確保のためにつくったものです。壁周囲にダクトルートを設け、それを利用して間接照明を仕込んでいます。

お部屋の広さ、天井の高さなどで工夫した点はあるのでしょうか?

Piano Studio Grazia(スタジオ・グラツィア)」を設計するにあたり、お部屋の「間口」、「奥行」、「天井高」の3辺の比率の検討を行いました。平面的な形だけでなく、天井高さも同時に検討することが大切なポイントになります。

「音」は空気を振動させて伝搬する「波」ですから、面に対して反射することによって特定の周波数が強調される特徴があります(「定在波」と言います)。

この定在波自体は当然存在するもので音響的に問題はありませんが、お部屋の各面(短辺・長辺・床天井面)においてこの定在波が重なることを良しとしません。それを避けるというのがまず設計の第一歩になります。

床が廊下より階段2段分床が下がっているのも、こうした寸法比率の検討の中で生まれた設計の工夫のひとつです(天井高の確保)。

限られたコンパクトなスペースの中で豊かな音を作るにあたり苦労した点は?

「間口」と「奥行き」と「天井高」の3辺の比というのは、すごく大事になってきます。
天井が高ければ高いほど、音の響きは豊かになるのですけれど、その寸法の比率、プロポーションというのがとても大事なのです。

最適な天井高の高さを決めるというのも、ひとつの音響空間の作り方の重要な要素です
ですので、こちらの「Piano Studio Grazia(スタジオ・グラツィア)」の時は、スタジオ設計する段階で 、お部屋の平面の形をまず決めてしまいました。
その平面形状も、変に細長すぎたり真四角だったりすると良くないので、程よい長方形にする。
それと、自宅の1階にスタジオを作っていることもあるので、天井の高さをいくつにするかを決めるという作業があります。

他の部屋よりも 階段2段分くらい床がちょっと下がっているのですけど、ちょっと下げることで天井の高さをより高くなるように調整して作っているところがあります。

実は、防音の工事とか、素材を何使うとかよりも、いちばん最初にこのプロポーションが、音響的にはすごく大事になってきます。
計算というほどのことではないのですけど、きちんとチェックして形を決めるというのが、いちばん最初の重要な作業になります 

「Piano Studio Grazia(スタジオ・グラツィア)」をご利用いただく皆さま、音楽を愛する人たちに向けてのメッセージ

この「Piano Studio Grazia(スタジオ・グラツィア)」は、どんな使い方が向いていますか?

メインがピアノで、そのピアノと一緒に演奏する弦楽器とか声楽の方。
そういういわゆるクラシック、アコースティックな楽器の方にとっては、いちばんベストというか、適しているスタジオだと思います。

多目的な要素というよりかは、クラシックに特化しているというのが、他のスタジオとは一線を画していると思いますね。

クラシック音楽に特化した贅沢なスタジオですよね?

日本において、音楽家・音楽愛好家の数は大変多いです。人口比率でみると世界トップクラスではないでしょうか。これほど音楽文化の高い国に関わらず、その練習環境としては十分に整っているとはいいがたいです。

ピアノは置いてあるがお部屋は狭く、音響的に何も考えられていないところがほとんどです。もちろんそういったスタジオも需要があり重要な役割を果たしているのですが、いざ音楽的な練習をさらに踏み込んでしようとすると、きちんとした響きの環境での練習が少なからず必要になってきます。

「Piano Studio Grazia(スタジオ・グラツィア)」は、そういったニーズに答えられる希少なスタジオです。

小笠原さんの理想や想いが詰まったスタジオでもあるのですね?

私自身もアマチュアですが音楽をやる身ですので(ヴァイオリン)、こういった環境で練習出来たらよいなという一つの理想の形があります。
それにできるだけ近いお部屋づくりをしたいなと思っています。

どういう方にこのスタジオを使ってほしいですか?

この「Piano Studio Grazia(スタジオ・グラツィア)」は、音を出すということがとても自然にできる状態になっています。

無理な力も入らないですし、のびのびと身体が動く。

単純に音楽が楽しく練習できるのです。

一度音を出してみればすぐにわかると思います。ピアノストも弦楽器奏者も管楽器奏者も、そして声楽の方も。

どんな方にも、是非一度体感していただきたいスタジオです。

目指した部屋作りについて聞かせてください

どっちかというと、僕は防音工事・音響の部屋を作る側の人間なので、どんなピアノを持ってきてもいい響きになりますよというのが仕事なのですよね。
オーディオ作る方とかも、すごい高いオーディオじゃなくちっちゃなミニコンポでもいい響きになりますよと。

目指すところの部屋作りですよね

スタインウェイを作る職人達は、どんな場所で弾いても自分の楽器がいちばんだと。
いちばんの響きを作るんだっていう信念で作っています。

演奏者さんは演奏者さんで、どんな楽器だろうとどんな環境だろうと、私が弾く音楽は素晴らしいっていうのを目指して作っています。

みんなが目指したところが相まると、すごくいい音楽が生まれるのかなと思っています。